日別アーカイブ: 2021年1月30日

浦口進太郎

2021.01.30 | 浦口

愛宕神社って、知ってます?

あけましておめでとうございます。※もう、一ヶ月過ぎましたね・・・早いな、、、

殖産の浦口ですm(__)m

2020年は新型コロナウイルスで様々な制限を受け、色んなことを考える時代となりましたね・・・

個人的にも2020年は全く良い事が無く・・・辛い1年だったなあー

なんて、暗い話を年末年始に友人と話をしておりました。

気分を変える為に新年の参拝に行こう!と、なりました。※単純です。

友人も私も「絶対に毎年ここに!」なんて場所は無く、二人で色々ポチポチしていたら、気になるワードが!

23区最高峰の神社】【出世の階段

そそられるパワーワード。(;´・ω・)

その後も調べるとテレビでも行っている映像等有り、いざ、出陣!( `ー´)ノ

門構え・・・雰囲気があるではないか・・・

階段エグッ!!!(+o+)(笑)

昇のを一瞬躊躇していたら、友達に「行くぞ・・・」と、言われ渋々動き出しました・・・

【出世の階段】

出世の階段と言われる理由が江戸三代将軍の家光公が春の時期に愛宕神社の下を通り、愛宕山には源平の梅が咲き誇っていたらしいです。

家光公はその梅の花を見て「誰か、馬にてあの梅を取って参れ!」って、言ったそうです。

家光公怖い・・・時代が時代なら・・・実際に現地で見ると・・・(;´・ω・)

しかし、家臣たちはみんな下向いてたらしいです。。。※それはそうだよねw

その時、この石段を【馬】で颯爽と駆け上がっていく人が現れました!

家光公はその者の顔に見覚えが無く、「あの者は誰だ!?」となりました。

「あの者は四国丸亀藩の家臣で曲垣平九郎(まがきへいくろう)と申す者でございます。」

「そうか、、、この泰平の世に馬術の稽古怠りなきこと、まことにあっぱれである」

平九郎は家光公より「日本一の馬術の名人」と讃えられ、その名は1日にして、全国に轟いたと伝えられております。

このような出来事が有り、正面に見えるこの階段を「出世の石段」(男坂)と呼ぶそうです。

凄いですね・・・

でも、現地でこの石段を見ますと・・・平九郎さん本当に「馬」で行った?笑

と、なります。

ただ、更にポチポチ調べると江戸以降にも男坂を馬で登り降りを挑戦して、成功している人が数人いるんですよ・・・すごいなwww

新年早々になんで、こんな辛い事しなければ・・・と、思いながらなんとか登りました(涙)

上から見ると凄いの分かりますか?

間隔は垂直ですw

ちなみに、こちらが曲垣平九郎が取ったとされるです!

【将軍梅】 是非、登って確かめて下さいw

メインはこちら!

人が少なかったので、直ぐに参拝出来ました。

また、登りますと「西郷隆盛」と「勝海舟」の顔出しパネルがあります!

西郷隆盛と勝海舟による「江戸城の無血開城」の時に愛宕山は大きな役割を果たしたらしいです!

先ずは写真をドン!(‘Д’)

先程の階段の上から撮ったやつです。

今はビル等が建ち並び分かり難いですが、昔は建物も無く、江戸の町を見渡すことが出来たそうです。

勝海舟と西郷隆盛が愛宕山に上り、江戸の町を見渡した時に「この江戸の町を戦火で焼失させてしまうのはしのびない。」となり、ともに下山をしたそうです。

そして、その後三田の薩摩屋敷で歴史的な会見をして、無血開城の調印を行いました。

愛宕神社・・・凄いですね・・・さすが【23区最高峰の神社

お守りとおみくじ買いました!

大吉でした!!!!!!!!!!!!!!!!!!

仕事大事とはげみなさい」はげみます。。。

ちなみに、私は気にせず降りましたが、男坂の近くに「女坂」が有り、そちらは緩やかになっており、せっかく出世の階段を登ったのに降りるのは嫌だ!という人は女坂から降りるそうです!

気にする人是非!

是非、皆様も気になったら「愛宕神社」に行ってみては如何でしょうか?

【住所】東京都港区愛宕一丁目5番3号